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権現山城(群馬県高山村) [古城めぐり(群馬)]

IMG_0560.JPG←主郭南側の横堀
 権現山城は、一説には榛名峠城と同一の城とも言われ、小田原北条氏が名胡桃城に対する境目の城として築いた城である。築城は1588年前後とされ、わずか3年足らずしか使われなかった短命の城である。猪俣能登守宛の北条氏政書状に「なくるミ(名胡桃城)へ矢たけの権現山取立儀」とあることから、権現山城が北条氏によって新規築城されたことが知られる。一方、これとは別に『榛名峠城法度』と呼ばれる文書が存在する。学術的には『猪俣邦憲判物』(林文書)と呼ばれ、1587年に鉢形城主北条氏邦の重臣である猪俣邦憲が榛名峠城の城将林治部左衛門に、榛名峠城における13ヶ条の法度を伝えた文書である。但し、これらの文書の年代推定の結果からすると、権現山城と榛名峠城は別に存在していた可能性があり、今後の検討を要する。また現在山上に残る遺構が権現山城と言われる城なのか、榛名峠城と言われる城なのか、まだ明確にはなっていないが、ここでは権現山城として記載する。

 権現山城は、標高840mの山上に築かれている。東西に連なり尾根がほぼ直角に南に折れ曲がる付近に築かれている。この南に折れた尾根の先は国道145号線の権現峠に至る。権現峠から林道が伸びているが、現在工事中で途中で進めなくなってしまうので、途中で車を乗り捨てて適当に尾根に取り付いて行くしか方法はない。この南尾根を登っていくと小堀切と土塁があり、ここから城域となる。尾根の高台の周囲に横堀状の腰曲輪が廻らされ、更に東にも腰曲輪らしい平場がある。北に進むと細尾根となり、主郭と思われる最高所はほとんど自然地形に近い。ここから前述の通り尾根は西に向きを変えて続くが、北側に腰曲輪、南側に横堀が穿たれている。この横堀は明確で、規模は異なるが御坂城と類似した構造である。更に西に進むと小ピークがあり、ここから南に派生する支尾根がある。この尾根には虎口の土塁や小堀切が見られるので、城域であったことは間違いなさそうである。更に西側にもう1本、南に伸びる支尾根があるが、こちらはほとんど自然地形で遺構は不明瞭である。東西に伸びる主尾根には堀切がなく、この尾根の西方に対する防御はほとんど意識されていない様である。権現山城は、部分的に明確な遺構が残り、城があったことは間違いないが、全体に普請が不徹底でささやかな遺構である。短期的戦術上の攻撃拠点とは、松山城の例にも見られる通り、この程度の普請で十分だったのかもしれない。
南支尾根の虎口土塁→IMG_0607.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.644629/138.986278/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


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