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里見城(群馬県高崎市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_8847.JPG←主郭東側の堀切
 里見城は、戦国期にこの地を領した里見氏の居城である。永禄年間(1558~70年)頃に里見河内守が箕輪城主長野業政に属して、この城を築いたらしい。河内守は、安房里見氏の一族であったとも言われるが、系譜は不明。一説には、河内守の名は宗義、その父は里見家連と言い、家連は東上州の仁田山城主であったが上杉謙信に城を攻められ討死し、子の宗義はこの地に逃れて里見城を築いたとも言われる。いずれにしても1566年、里見城は箕輪城落城に先立って武田勢の攻撃を受け、落城したとされる。
 尚、里見城の築城には別説があり、新田義重の子義俊が新田氏の所領である里見郷に分封されて里見氏を称し、里見城を築いたとも言われるが、確証はない。

 里見城は、里見川南岸の標高180m、比高30mの丘陵先端部に築かれている。西端に主郭があり、東側に土塁と堀切を築いて台地基部を分断している。主郭内には廃屋があり、城址標柱と解説板が立っている。主郭の南辺には高さ数mの土塁が築かれ、その下には腰曲輪が築かれている。この他、主郭の東側の平場も曲輪であったと思われるが、耕地化で改変されているので、どこまでが城域だったのかはよくわからない。里見城は、主郭部の遺構はよく残っているものの、単純かつささやかなもので、小土豪の城であったと推測される。それを考えると、里見河内の出自(安房里見氏の出)というのも、少々怪しげに思える。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.359410/138.914695/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


房総里見氏の城郭と合戦 (図説日本の城郭シリーズ 9)

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