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福山城(広島県福山市) [古城めぐり(広島)]

IMG_1473.JPG←御湯殿と伏見櫓
 福山城は、江戸時代前期に新規築城された近世城郭である。元和の一国一城令後の1619年から築城が開始され1622年に完成した、近世初頭の大規模新造城郭では最後の城である。1619年に広島城主福島正則が武家諸法度違反で改易となると、徳川譜代の大名で家康の従兄弟であった水野勝成が、西国の有力外様大名に対する「西国の鎮衛」の任を受けてこの地に入部した。入封時の本城は神辺城であったが、内陸に偏し落城の歴史もあったことから、福山城が新造されたと言う。以後、水野家が5代続いた後に無嗣断絶となり、松平家1代の後、阿部家10代の居城となった。幕末には老中首座となって幕政改革を推し進めた阿部正弘を輩出した。明治維新後の廃城令で城は廃された。

 福山城は、総石垣の城で、本丸の周囲に環郭式に二ノ丸を廻らし、更にその周囲に三ノ丸を廻らした縄張りとなっている。しかしJR福山駅の目の前にある為、市街化で全ての堀跡は失われ、残っているのは中心となる本丸・二ノ丸部分だけである。石垣がよく残る他、伏見城から移築された伏見櫓と筋鉄御門が現存している。また天守・御湯殿・月見櫓・鐘櫓が復元されている。それら以外の櫓台や門跡には残念ながら解説板・標柱はほとんど設置されていない。2009年頃でも駅前整備の発掘調査で地下から見つかった舟入遺構を破壊して、整備計画が強行されており(申し訳程度の復元石垣が作られたが)、市の文化財としての扱いは相当にぞんざいである感じがする。結局、本丸・二ノ丸の石垣と櫓群だけが異彩を放っているものの、城の外郭の全体像は完全に埋没してしまっている。100名城に選ばれているにしては、かなり残念な状況と言わざるを得ない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/34.490464/133.361106/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0


日本100名城公式ガイドブック (歴史群像シリーズ)

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