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佐野堀之内館(長野県山ノ内町) [古城めぐり(長野)]

IMG_0916.JPG←館跡に残る宝塔など
 佐野堀之内館は、普通には小島氏佐野館と呼ばれ、高梨氏の庶流小島氏の一族の居館と考えられている。小島氏は南北朝期より須毛郷の地頭となり、宗家は須毛上郷の「菅の館」を本拠とし、文明年間(1469~87年)頃に景頼の弟景貞を下之郷(佐野)に分封した。1513年に須毛上郷の小島高盛は高梨氏へ反乱を企て、鎮圧されて滅亡した。しかし下之郷の分家は残り、武田信玄が北信濃に侵攻すると、いち早く武田氏に降り、高梨氏敗退の契機となった。高梨政頼が居館の中野小館を出て飯山城まで退くと、小島氏は中野小館に入った様である。1582年、武田氏滅亡と本能寺の変での織田信長の横死によって、権力の空白地帯となった北信濃に上杉景勝が進軍し、上杉氏に仕えていた高梨氏が信濃の旧領に戻ると、小島氏は中野小館を明け渡し、菅へ戻ったとされる。その後、上杉氏の会津移封に伴いこの地を去った。
 尚、『信濃の山城と館8』では、小島氏がこの地に居していた確証がないことから「佐野堀之内館」の呼称を採用しており、当ブログでもそれに従った。

 佐野堀之内館は、現在果樹園となり、周囲より一段高くはなっているが、明確な遺構は残っていない。館跡とされる果樹園の中程に宝塔・五輪塔等が残っているだけである。果樹園への立ち入りの許可を頂いた際に伺った話では、ここから南東の土蔵のある家が佐野小島氏の本家で、かつては近くの興隆寺に行く時には駕籠に乗っていたという程の名家であった様である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.736391/138.409292/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0


縄張図・断面図・鳥瞰図で見る信濃の山城と館〈8〉水内・高井・補遺編

縄張図・断面図・鳥瞰図で見る信濃の山城と館〈8〉水内・高井・補遺編

  • 作者: 宮坂 武男
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2014/01/10
  • メディア: 単行本


タグ:居館
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