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八幡松田館(長野県千曲市) [古城めぐり(長野)]

IMG_0265.JPG←館周囲の土塁
 八幡松田館は、武水別神社神主の松田氏の居館である。松田氏は元々安曇野を本拠とした仁科氏の一族であったらしい。その名が現れるのは、本能寺の変後の北信の武田遺領をめぐる上杉景勝と小笠原貞慶の争いの中である。仁科(松田)盛直は、府中を押さえて安曇野に勢力を伸ばした貞慶に従属することを嫌って日岐城を退去し、上杉氏に服属した。そして更級筑摩群境を守っていたが、1584年正月、海津城将上条宜順の指揮下において八幡方面で働く様に命じられた。その後の同年5月、麻績城の攻防が続く中、松田民部助や保科豊後守が稲荷山城在番を命じられ、松田氏には八幡神領が与えられている。1598年に上杉氏が会津に移封となった後も松田氏は八幡に残って神領一円を支配し、神職となって古くからの宮川神主・宮原神主もその支配下に入ったと思われる。

 八幡松田館は、武水別神社の西側にある。単郭方形居館であったらしく、西側半分の土塁と堀跡が残っている。また東側の表門の脇に水堀跡が残っている。また神社の西辺にも土塁らしい土盛りが確認できる。尚この館では、主屋や斎館など江戸時代の建物が多数残っており、県宝に指定されていて修復工事が行われたが、修復完了から間もなくの2017年9月に蜂の巣駆除の際の不用意な失火で焼失してしまっている。そのニュースは全国ニュースでも取り上げられたため、私も記憶している。健在な時の建物を見ることができなかったのは、今更ながら残念で仕方ない。
東側の水堀跡→IMG_0262.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.519018/138.101803/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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