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鬼切部城(宮城県大崎市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_0072.JPG←城址の広大な高原
 鬼切部城は、前九年の役の勃発地である。奥六郡の蝦夷を統率して強大な勢力を誇った俘囚の長、安倍頼良が1050年に築いたと言われる。頼良は、その勢威を背景に貢納を怠るなどした為(朝廷側の記録)、1051年、陸奥国司藤原登任は軍勢を率いて安倍氏を討伐した。一方の頼良は、子の貞任、宗任以下の一族郎党を率いて鬼切部城に立て籠もり国府軍を迎え撃った。前九年合戦の始まりである。登任は敗れて都に逃げ帰り、代わって軍事貴族であった源頼義が陸奥守となって多賀城に赴任した。折しも朝廷で大赦があり、頼良も朝廷に逆らった罪を赦された。頼良は、自ら辞を低くして新国司の頼義と友好関係を保ち、頼義と同音であることを憚って名を頼時と改めた。この後、しばらく奥州には平和が訪れたが、頼義の陸奥守の任期が終わる間近の1056年2月に、突然阿久利川事件が出来した。ここに前九年合戦の後半戦が始まり、奥州の地は戦乱で覆われることとなった。

 鬼切部城は、比高140m程の広大な高原をそのまま要害としている。堀や土塁など城郭とされる様な普請は全くなく、ただの高原をそのまま利用した天険の要害である。但し絶好の物見で、眼下を通る街道監視には好適である。尚、眼下に流れる川は軍沢川と言い、古戦場であったことを今に伝えている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.838237/140.631341/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


蝦夷と東北戦争 (戦争の日本史)

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