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花ヶ崎城(茨城県神栖市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_8491.JPG←主郭西側に残る土塁
 花ヶ崎城は、この地を領した花ヶ崎氏の居城である。花ヶ崎氏は、室町時代に鼻ヶ崎の津を知行した土豪で、一族に伝わる由緒書によれば光仁天皇の子孫とされる。光仁天皇は桓武天皇の父であることから、花ヶ崎氏は桓武平氏に連なる大掾氏の庶流であったと推測されているそうだ。花ヶ崎氏の事績は不明であるが、戦国期を通して生き残っていたらしく、1591年に佐竹氏の鹿行地方制圧(いわゆる南方三十三館の仕置)により花ヶ崎氏も滅ぼされたと言う。

 花ヶ崎城は、現在浄動院という寺の境内となっている。浮島の様な主郭で、主郭外周には低土塁が築かれ、周りを広い堀で囲んでいた様である。堀の西側半分は、砕石が敷き詰められた空き地(駐車場?)に変貌している。東側半分は薮に覆われてるが、窪地になっていて堀跡であることが明瞭である。この他、南の入口付近に左手に土塁で囲まれた桝形のような地形があるが、遺構であろうか?
 訪城した時に確認したのは以上であったが、帰ってから国土地理院の昭和20年代の航空写真を見たところ、どうも主郭の北から東にかけて二ノ郭が囲んでいたらしい。また二ノ郭の南端が、西に主郭の虎口前まで細長く伸びていて、主郭との間に木橋が架かっていた可能性がある。また主郭の南の虎口は、南にやや突出していた様である。二ノ郭の更に北西にも馬出しの様な独立区画があった様にも見える。浄動院の北に広がる薮を探索すれば、土塁ぐらいは確認できるかもしれない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.865691/140.669138/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0


続 図説 茨城の城郭

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タグ:中世平城
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