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福井城(長野県高山村) [古城めぐり(長野)]

IMG_4393.JPG←主郭~二ノ郭間の空堀
 福井城は、天文年間に大岩城主須田氏の家臣牧伊賀守の居城であったと言われている。1553年に武田信玄の侵攻により、須田満親が越後の上杉謙信を頼って逃れると、牧氏もこれに従ったと伝えられる。その後、福井城は廃城になった。

 福井城は、大平山の北西に広がる福井原と呼ばれる緩やかな斜面の縁に築かれている。居館から発達したと考えられる城で、南に方形の主郭を置き、その北にやはり方形の二ノ郭、その北に台形状の三ノ郭を直線的に配置し、更に南西側に広く外郭を置いた縄張りとなっている。一部山道で改変されているが、遺構は概ね良好に残っているが、城内はほぼ全域山林となっており、比較的薮が多い。いずれの曲輪も空堀で囲繞され、曲輪全体が北東に向かって傾斜している。空堀はいずれも直線状で、横矢掛かりは見られない。また土塁は、各曲輪の西側にだけ集中して築かれている。主郭では、北西角に虎口らしい土塁の切れ目があり、外側に向かって斜めに土橋が架かっている。こうした虎口・土橋形状は非常に珍しいが、後世の改変であろうか?また主郭内には段差があり、南東部の段差部には石垣も残っている。これも後世の耕地化による改変の可能性があるだろう。福井城は、林の中に堀が明瞭に残るが、縄張り的には単純で横矢掛かりもなく、面白みにはやや欠ける。また堀の規模もあまり大きくなく、あまり戦闘を意識した城ではなかった様である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.663892/138.395505/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


縄張図・断面図・鳥瞰図で見る信濃の山城と館〈8〉水内・高井・補遺編

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  • 作者: 宮坂 武男
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2014/01/10
  • メディア: 単行本


タグ:中世崖端城
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