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長根城(群馬県高崎市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_3706.JPG←神社背後の土塁上から見た空堀跡
 長根城は、国峰城主小幡氏の庶流長根氏の居城である。長根氏はまた小河原氏とも称した。生島足島神社に納められた起請文には小河原馬之助重清(小幡信貞の弟とされる)の名が見える。長根衆と呼ばれ、元は関東管領山内上杉氏に属していたが、上杉氏没落後、西上州に進出した武田信玄に服属した。長根衆には、雅楽助、縫之助のほかに神保氏、茂原氏が属し、石倉城の戦い、長篠合戦、膳城素肌攻め等に出陣し、重清は膳城で討死している。武田氏滅亡後は一時的に織田信長の重臣滝川一益に降り、本能寺の変で信長の東国支配が崩壊すると、神流川合戦に出陣後、上州を押さえた北条氏に降った。1590年に北条氏が滅亡すると、長根城も廃城となった様だ。

 長根城は、鏑川の南方に広がる段丘上の一角に築かれている。空堀で囲まれた横長の方形の主郭を台地先端付近に築き、その南から西にかけて二ノ郭、主郭の北東に笹曲輪を配置している。しかし耕地化・宅地化などで遺構の湮滅が進んでいる。主郭は南と西に堀跡の畑が残るが、消えかかっている状態である。主郭の内部は畑と墓地になっている。主郭南西側に櫓台らしい土壇が2つ並んでいる。普通に考えれば虎口があったと思うのだが、主郭の大手虎口は櫓台より東に通っていたようなので、単に大手道への横矢掛かりの為に築かれたものらしい。二ノ郭は民家の敷地になっており入れず、遠目に土塁らしい遺構を眺めるだけである。笹曲輪は長根神社が鎮座し、空堀周囲の土塁が残っている。長根城は、全体的に入れない場所が多く、おまけに残存遺構も少なく、少々残念な状況である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.248885/138.965764/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


戦国期の城と地域―甲斐武田氏領国にみる城館 (中世史研究叢書)

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