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高野平城(群馬県東吾妻町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2607.JPG
↑三ノ郭から見た堀切・二ノ郭・主郭

 高野平城は、岩櫃城主斎藤氏の支城であったと言われ、岩櫃城の北を守る砦と伝えられる。しかし詳細な歴史は不明で、真田幸隆による岩櫃城攻めでもこの城がどの様な役割を果たしたのか、わかっていない。

 高野平城は、標高737mの峻険な山上に築かれている。まともに麓から登ると比高が高く大変だが、幸い城のすぐ南中腹にきれいに整備された車道が延びてきており、比高は稼げる。この車道は、国土地理院地形図でもGoogleMapでも南からしか道が繋がっていないように記載されているが、GoogleMapの航空写真を見ると、山田城に至る車道がそのまま南に伸びてこの車道と繋がっており、実際にきれいな山道として整備されている。この車道から城までの登道は、行きは道が見つからず、適当な斜面から西の尾根に直登して訪城したが、帰りは城の南斜面に消えかかったわずかな林道が残っており、楽に車道まで戻ってくることができた。登道は下記リンクの辺で、薮にちょっとだけ分け入ると、左手に進む小道がある。
【登り口】http://maps.gsi.go.jp/#16/36.580850/138.795068/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
 高野平城は、頂部に長方形の主郭を置き、東に二ノ郭、更に堀切を挟んで三ノ郭が築かれている。その先にも平場らしいものはあるが自然地形に近くはっきりしない。一方、主郭の西側には堀切を挟んで2段の曲輪があり、更に少し尾根を降った下に2段の段曲輪が確認できる。きれいな連郭式の縄張りで、北斜面は斜度がきついので曲輪はないが、南斜面には帯曲輪が築かれている。主郭は北辺以外の3面に低土塁を築いており、東西の曲輪からはしっかりとした切岸でそびえている。城内の2本の堀切はいずれも浅く、鋭さがない。西側の堀切は帯曲輪と繋がっており、城内通路としても機能していたらしい。また主郭の南東下方には竪堀が落ちている。全体に普請の規模はあまり大きくないが、城の形はしっかりしている。城内は薮もなく歩きやすい。
帯曲輪と繋がる西側堀切→IMG_2626.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.582159/138.795519/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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タグ:中世山城
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