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桑田城(群馬県中之条町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2441-001.JPG←主郭群北東斜面の竪堀
 桑田城は、岩櫃城主斎藤氏の支城である。城主は山田氏で、斎藤氏の一族とされる山田氏が山田城主を務めており、山田氏一族が守った城だろう。山田氏は吾妻七騎に列したが、永禄年間(1558~69年)に山田源太左衛門尉は成田氏と戦って討死し、城は放棄されたと言う。

 桑田城は、四万川を挟んで内山城の南に位置する、標高538m、比高138mの山上に築かれている。南東麓から登道が整備されており、迷わず登ることができる。この城も内山城と同様、城内に2基の高圧鉄塔が立っているので、良い目印になる。登山道を登っていくと、南東の大手の尾根筋にいくつかの平場が散見され、その上に『境目の山城と館 上野編』の縄張図で言う5郭群がある。5郭群は東西に長く、3段程に分かれており、東西両端に高圧鉄塔が建っている。5郭群の北東に鞍部の曲輪と小堀切を挟んで物見台の曲輪があり、更にその先の北西の尾根にいくつかの段曲輪が築かれている。一方、5郭群の背後には、鉄塔建設で破壊を受けているが、堀切が残存し、その上に数段の帯曲輪があって、主郭に到達する。主郭内は2段ほどの段に分かれており、神社が祀られている。主郭は広く居住性もあるが、土塁などは見られず、外周に数段の帯曲輪を巡らしただけの構造となっている。帯曲輪群の北東斜面には、明確な竪堀が1本長く落ちていて、東の大手から接近する敵兵の斜面移動を制約する目的だったと考えられる。主郭の西側背後には浅い堀切が穿たれ、二ノ郭が築かれている、二ノ郭は削平が甘くほとんど居住性がない細長い曲輪である。二ノ郭の背後にも浅い堀切が穿たれ、三ノ郭があり、その先も小堀切で城域が終わっている。前述の堀切はいずれも浅いが、両側が竪堀となって長く落ち、主郭群から続く帯曲輪を貫通している。この他、主郭群の北の支尾根には、帯曲輪から下に段曲輪群が築かれている。
桑田城の遺構は以上で、普請は小規模であるが遺構はよく残っており、城内も薮が少なく歩きやすい。主郭群手前の竪堀だけが目立つ城である。
堀切と主郭→IMG_2455.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.596468/138.799639/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


信濃をめぐる境目の山城と館 上野編

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タグ:中世山城
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