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諸戸城(群馬県富岡市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_1914.JPG←主郭南東角の堀切
 諸戸城は、歴史不詳の城である。しかし位置的にはこの地の土豪高田氏の勢力圏であり、高田氏の持城の一つであったと考えられている。近隣の行沢城・古立館・菅原城等と連携して、妙義地域を守っていたと推測されている。

 諸戸城は、諸戸川北岸の標高370m、比高70m程の丘陵上に築かれている。南麓の吾妻神社付近からも登れるようだが、地形図には東尾根に道が記載されているので、私は東尾根から登城した。この東尾根の林道は明確で、迷わずに城まで行くことができるが、林道建設の際に東尾根の遺構が破壊を受けているのが惜しい。諸戸城は、長方形の主郭を中心に、四方に伸びる尾根に堀切を穿ち、各尾根上に曲輪を配した縄張りとなっている。主郭は北東から南西に細長く伸びており、北東角に低土塁と虎口が築かれ、北西角には竪堀状の通路を持った枡形虎口が築かれている。この桝形虎口の外には武者走りが通り、北西の堀切と南西の堀切を繋ぐ通路となっている。主郭角の堀切はいずれも明確で、深さ3~4m程ある。堀切の外には、いずれの尾根も細尾根上に曲輪が築かれている。北西尾根の曲輪は2段に分かれ、下段の曲輪には北辺に土塁が築かれている。北東尾根の曲輪は林道でやや破壊を受けているが、先端に堀切が残り、側方に尾根と平行に帯曲輪が築かれている。南西尾根の曲輪はほとんど自然地形に近いが、先端に物見台の様なものが見受けられる。南東尾根の曲輪は堀切の外に土壇の様な小郭があり、その先の東尾根はダラダラと続いている。この東尾根上に3本の堀切が穿たれているが、前述の通り林道建設で破壊を受けており、側方の竪堀部がわずかに残るだけで、痕跡はわずかでしかない。以上が諸戸城の遺構で、菅原城や桐の木坂城など、厳しい岩場の山に築かれた城と比べると、大きく趣を異にしている。しかし街道に近い位置にあることから、至近にある行沢城と共に街道を監視し、押さえる役目を負っていたことが窺える。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.292247/138.775241/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


信濃をめぐる境目の山城と館 上野編

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タグ:中世山城
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