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峰城(群馬県甘楽町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_9652.JPG←主郭中央の仕切り土塁
 峰城は、国峰城主小幡氏の初期の居城と言われている。応永年間(1394~1427年)頃に築かれ、国峰城に居城を移した後も、「詰城」として機能していたと推測されている。甘楽地方では最も古く、且つ最も高所に位置し、小幡氏の隆盛の礎となった城とされている。尚、城址南西には峰峠を通る道が残っており、峠道を押さえる機能も併せ持った城であったと思われる。

 峰城は、標高662.4mの山上に築かれている。国峰城よりも谷一つ奥にあり、周囲を山岳地帯で囲まれている。しかし南麓に車道が延びており、城近くまで車で登ることができる。その先も城跡まで遊歩道が整備されているので、訪城は比較的容易である。ただ城の南中腹の峯集落というのが、急坂を登攀した先の山腹にある高地性集落で、ものすごい場所にある。車道もかなり急峻で、相方が途中でべそをかくほど急で狭い道である。
 城は大きく3つの曲輪で構成されており、中央が主郭、西の曲輪が二ノ郭、東の曲輪が三ノ郭である。それぞれの曲輪は堀切で分断されている。前述の遊歩道を登ると、主郭~三ノ郭間の堀切に至る。この堀切は鋭さはないが幅が広く、深さは3m程ある。三ノ郭は北西端に隅櫓台があるほかはほとんど自然地形の平場である。主郭は前述の堀切から入ると、虎口の内側に小さな蔀土塁が築かれており、一種の枡形虎口を形成している。主郭内は中央を東西に仕切り土塁が築かれ、南北2段の平場に区画されており、北側の平場の方がやや低い。この仕切り土塁は、虎口の蔀土塁と主郭西端の土塁とつながっており、縦長のエの字状となっている。主郭と二ノ郭の間の堀切は非常に浅くささやかである。二ノ郭は堀切沿いと北面・西面に低土塁が築かれている。この他、二ノ郭の南側から西側にかけて腰曲輪、南西尾根に3段程の小さな段曲輪群、北西尾根にも3段程の段曲輪が築かれている。北西尾根の城域端部は堀切で分断されている。また城への遊歩道入口脇にも横堀状の腰曲輪が見られ、その下方にもいくつかの平場が見られる。峰城の遺構は以上で、よく残っているが堀切に鋭さが無いなど、比較的素朴な形態を残しており、国峰城に移転した後はあまり積極的な利用はされていなかった様である。
主郭~二ノ郭間の堀切→IMG_9665.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.205386/138.879676/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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タグ:中世山城
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