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権現山城(茨城県かすみがうら市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_5255.JPG←珍しいL字型の坂土橋
 権現山城は、この地の豪族下河辺氏が築いた志筑城の詰城と言われている。別説では、天正年間(1573~92年)に小田氏の一族志筑左近が築いたとも言われる。いずれにしても詳細は不明である。

 権現山城は、標高99.3mの山上に築かれている。広くなだらかな山容を利用して、大きな曲輪の城砦が築かれている。山の東端は高くそびえ、御野立所の大きな石碑が建っている。これは昭和4年の陸軍特別大演習の時に、明治憲法下で軍の大元帥であった昭和天皇が全軍を統監した場所である。位置的には城外に当たるが、物見として絶好の位置にあり、往時も物見台として使われたと推測される。権現山城自体は、外周に横堀を廻らした曲輪面積の大きな城で、ほぼ単郭に近い形だが郭内は2段に分かれている。特に曲輪後部に当たる西側は、2つの平場の段差が大きく明確であり、郭内は実質的に主郭と二ノ郭に分かれていたと考えられる。郭内の北半は未整備の薮に覆われていて踏査できていないが、南半はハイキングコースも通っており、遺構がよく確認できる。曲輪面積が広いので、虎口は数ヶ所に確認でき、御野立所方面からの登り道の他に、南面に1つ、西面に3つ、北面に1つの計6ヶ所が想定される。この内、最も良く形状を残しているのは北面の虎口で、虎口の前に坂土橋を築いているが、一直線ではなくL字型に屈曲した珍しい坂土橋となっている。またこの北面の横堀は、途中で土塁がなくなって腰曲輪に変化している。土塁は、二ノ郭の周辺に築かれているが、全周ではなく西面と南面に多く築かれている。技巧性はないものの、ある程度の兵数が立て籠もることのできる、比較的大型の城である。居住性もあることから、有事の際の詰城と言うよりも、もっと積極的な使われ方をした城だった様に見受けられる。
南面の横堀→IMG_5198.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.192590/140.218120/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
タグ:中世山城
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