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宮城館(宮城県蔵王町) [古城めぐり(宮城)]

IMG_1292.JPG←主郭の土塁
 宮城館は、宮ノ城とも言い、伊達氏の家臣宮内氏の居城である。宮内氏は、元は山城である内親楯を居城としていたが、1552年、宮内因幡(中務)宗忠の時、白石川対岸の宮城館へ居城を移し、以後1591年に加美郡色麻に移封となるまでの38年間、この館を本拠とした。1570年の中野宗時・牧野久仲らが伊達輝宗の追討を受けて相馬氏を頼って逃れた際、その逃避行の経路にあった宮城館主宮内宗忠はその通過を阻止できず、輝宗から問責されたが、遠藤基信の取りなしで赦免されている。宗忠・常清父子は伊達政宗の信頼が厚く、継嗣のなかった常清に政宗の第9子宗実が入嗣していることは、宮内氏の家格の高さを示すものと言われる。

 宮城館は、宮集落を一望するなだらかな丘陵上に築かれている。東の高台に主郭を置き、西に二ノ郭を構え、外周に堀を廻らしていたが、主郭の大半は土取で消滅した後に住宅地となり、外周の堀跡は埋められて湮滅し、二ノ郭の北西部は東北道建設で削られているなど、遺構は湮滅が進んでいる。それでも二ノ郭は耕作放棄地となりながら残存し、その東側に主郭との間の段差が明確に残っている。ここは1~2m程の段差となり、北半分には土塁が確認できる。この他、二ノ郭の南西端には物見台状の高台があるが、薮が酷く確認不能である。宮城館は全体に藪に覆われており、辛うじて主郭土塁・切岸が確認できたものの、遺構が僅かなのは残念である。城址標柱も、南麓の民家脇に立っているのを見つけたが、全面ペンキが剥げており、全く判読できなくなっていた。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.045168/140.647144/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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