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鞭楯(宮城県仙台市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_9334.JPG←榴ヶ岡公園の中段の平場
 鞭楯(鞭館)は、源頼朝の奥州合戦の際、奥州藤原氏4代泰衡が本陣を置いた陣城である。1189年、源頼朝は、自分と対立した源義経を匿ったことを口実に奥州藤原氏の討伐を開始した。泰衡は鎌倉勢を迎え撃つ為、阿津賀志山に長大な防御陣地を構築して異母兄藤原国衡を大将とする2万の軍勢を配し、刈田郡に城を築き、名取・広瀬両河に大縄を張り、自身は国分原鞭楯に本陣を置いて指揮を執った。しかし激戦の末に国衡らの諸将は討死して奥州勢は敗れ、泰衡は鞭楯から本拠地平泉へ撤退した。

 鞭楯は、現在の榴ヶ岡公園がその擬定地とされている。現在は市街化が進み、公園化で大きく改変されてしまっている。公園の南斜面には中段に平場が見られるが、腰曲輪の遺構であろうか?遺構は望むべくもないが、現在でも丘陵端部の公園となっており、南への眺望に優れた地勢であったことが窺える。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.260634/140.896912/&base=std&ls=std&disp=1&lcd=std&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。
タグ:陣城
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