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小張城(茨城県つくばみらい市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_7942.JPG←北側から見た城址推定地遠望
 小張城は、天正年間(1573~1592)に牛久城主岡見氏の家臣只越山城守善久により築城されたと伝えられる。この頃は下妻城主多賀谷重経による岡見氏攻撃が激しく、岡見氏は小田原北条氏に支援を求め、牛久番と呼ばれる北条麾下の北総諸将による輪番での守備を行っていたほどであるので、小張城の築城も牛久城防衛の一環であったろう。そして、東南東1kmの位置にある板橋城と共に岡見領西辺の防備に当たっていたと思われる。しかしその甲斐虚しく、1586年に小張城は多賀谷氏に攻め落とされ、只越氏は討死したと言う。その後、平手伊賀守、安岡豊前守などが城主となった。関ヶ原合戦後の1603年には、遠江久野城主松下石見守重綱が咎により小張城に移封となった。重綱は、鉄砲を扱う火薬師であったとも言われ、小張松下流綱火(国重要無形民俗文化財)を考案している。1623年に松下氏は下野烏山城に加増転封となり、小張城は廃城となった。

 小張城は、小張小学校付近にあったとされているが、遺構不明のため、その具体的な位置もわかっていない。小学校が建っているのは比高10m程の段丘辺縁部であり、城を築くには確かに適地であったろうとは想像される。北側から小学校を望むと、小学校手前がやや窪んでいるので、もしかしたら堀があった跡かも知れない。いずれにしても失われた城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.982720/140.039377/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世崖端城
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