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小貫城(茨城県行方市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_4713.JPG←主郭周囲の横堀
 小貫城は、神明城主であった常陸武田氏の支城である。1455年に武田昌信の次男信次が築いたと言われる。その他の歴史は不明である。

 小貫城は、武田川沿いの比高20m程の段丘南西端に築かれている。神明城の西北西1.5km程の位置である。現在城の主要部は一面の畑となっているが、昭和20年代の航空写真を見ると、今では失われてしまった曲輪の形が明瞭に確認できる。先端に置かれた主郭は五角形の形状をしており、北東のニノ郭との間は堀切で分断していた様である。この堀切は現在では埋められて耕地化され、湮滅している。ニノ郭と台地基部との接続部にも堀切があった可能性があるが、これも湮滅しているので実際どうだったのかはよくわからない。主郭の外周には横堀が穿たれ、主郭の西辺には土塁が築かれている。前述の横堀は中規模のものであるが、倒竹地獄になっていて踏査が困難である。横堀は北西側で二重横堀となっている。また主郭の西側には横堀の外側に堀切が穿たれ、その西に一段低く台地が伸びており、西出曲輪となっている。この他、二ノ郭の南斜面も腰曲輪となっていた可能性があるが、宅地化されて改変されてしまっており、これもよくわからない。結局、主郭周辺だけが往時の遺構を残しているが、激しい倒竹でかなり残念な状況である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.107491/140.474946/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世崖端城
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