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荒河置山城(京都府福知山市) [古城めぐり(京都)]

IMG_0674.JPG←大手郭側方の畝状竪堀
 荒河置山城は、歴史不詳の城である。『片山文書』によれば、南北朝期の1339年、船井郡和知の地頭片山忠親が「安良賀城」を攻め落としたとあり、この安良賀城が荒河(置山)城のことであろうと推測されている。一方、『丹波志』には城主として山吹将監・荒河伊達右衛門などの名が見えるが、詳細は不明。また現地の遺構には小規模な畝状竪堀があることから、少なくとも戦国期の城と考えられ、八木城主内藤宗勝(実は松永久秀の弟)が黒井城主赤井直正と戦って大敗・討死した、1565年の和久郷合戦に関係した城砦であったかもしれない。

 荒河置山城は、由良川と和久川の合流点西側の、標高102.4m、比高87m程の丘陵上に築かれている。南麓に武神社があり、そこから登っていくことができる。南尾根を進むと、段々になった曲輪群が見られ、更に登っていくと山頂の主郭群に至る。主郭群は主郭を中心に5段ほどの同心円状に段差だけで区画された平場で構成されている。主郭には方形の高台があり、天守台かそれに準ずる櫓台があったものと考えられる。大手は北東にあったと考えられ、主郭群最下段の曲輪(大手郭)には、前面に低土塁があり、下に2段程の段曲輪が構築され、その先に堀切が穿たれている。また大手郭の両側方には小規模な畝状竪堀が確認できる。一方、主郭群の北西下方には物見台があり、その下に土橋の架かった堀切が穿たれ、北西出曲輪に繋がっている。この他、南西麓の時広大明神付近も平場が見られ、城域であった可能性がある。また南東の尾根にも出曲輪があり、頂部の曲輪は横堀で防御している。しかし後で調べたら古墳だったようなので、この横堀は元々古墳の周濠であったのかもしれない。荒河置山城は、未整備の山であるが藪は酷くはなく、遺構が良く確認できる。
北西出曲輪への堀切・土橋→IMG_0708.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.316832/135.108061/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世山城
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