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内出城(群馬県安中市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_8529.JPG←宅地の中にわずかに残る堀跡
 内出城は、歴史不詳の城である。『日本城郭大系』では秋間地域城の核堡とし、吉良氏・飽間氏の居城であったとしている。即ち、奥州探題であった吉良治家は、鎌倉公方足利基氏に召還されて関東に入り、1356~65年頃に上野国碓氷郡飽間郷に移って、内出城に拠ったとされる。これは、飽間郷には新田義宗の挙兵に応じた南朝方の飽間三郎が勢力を持っていたため、基氏は飽間氏に対抗させるため吉良氏を内出城に入れたというものである。治家の孫の頼氏が世田谷城を築いて飽間を去るまで内出城が吉良氏の本拠で、その後は茶臼山城の飽間氏が内出城に移って居城とし、明応年間(1492~1501年)に飽間氏が讃岐国丸亀城に移ると廃城になったとされる。しかし、足利一門の中でも家格の高い吉良氏の居城としては内出城はあまりに小さすぎ、『安中市史』の伝承には無理があるように思う。又、「地域城」と言う概念にも私は懐疑的で、城砦群や支城群と何が異なるのかさっぱりわからない。

 内出城は、久保川北岸の比高30m程の段丘上に築かれている。この付近に長野新幹線の安中榛名駅ができたため、大々的に宅地造成され、城址一帯は住宅地に変貌してしまっている。従って遺構はほとんど残っていないが、地勢は往時のままで、各所の段差や腰曲輪状の平場など、城の雰囲気が良く残っている。北東部にはわずかに堀跡も残っている。また南斜面の切岸と畑になった腰曲輪も遺構の様である。ささやかではあるが城の名残が感じられるのは良かった。解説板でもあれば更に良かったのだが。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.355150/138.850772/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=v


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タグ:中世平山城
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