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境野楯〔山城〕(宮城県仙台市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_5646.JPG←主郭から見た2段の曲輪
 境野楯(境野館)〔山城〕は、境野楯〔平城〕の背後の山上に築かれた詰城である。平城は永禄年間(1558~70年)の境野氏分家の際に築城されているが、山城は分家以前から秋保郷を守る詰城の一つとして築かれていたと推測されている。

 境野楯〔山城〕は、標高290.6mのヤケ山に築かれている。秋保・里センターのHPでは、ヤケ山より更に北方の標高340mの大旗山が城の中心であったとしているが、スーパー地形では大旗山に遺構があるようには見えなかった為、三角点のあるヤケ山の方しか私は登っていない。ヤケ山の山上には主郭含めて3段の曲輪があり、いずれも1~2m程の段差で区画されているだけである。それら3段の曲輪の南面から西面にかけては2段の腰曲輪が廻らされており、背後に当たる主郭の北側にも1段腰曲輪が確認できる。この背後の腰曲輪から、西に向かってトラバースするように武者走りがあり、そこに竪堀が1本落ちている。その先の、主郭の北西下方に当たる部分には、堀切で区画された堡塁が築かれている。この他、大旗山に向かう背後の尾根筋にも平場っぽいものがあるが、遺構かどうか判断するのは困難である。尚、私はヤケ山に登るのに南の尾根を直登したが、実は北尾根の鞍部には西麓からの山道が通っているのを発見し、家に帰ってから調べたら、地元の方達によって里山トレッキングの道が整備されているらしい。どうりでヤケ山はほとんどが笹薮で覆われているのに、3段曲輪の一番上の主郭だけきれいに薮払いされているわけだ!いずれにしても境野楯〔山城〕は、比較的小規模な詰城の類である。
北西の堀切と堡塁→IMG_5662.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.260946/140.681691/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。


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