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遠の倉楯(宮城県丸森町) [古城めぐり(宮城)]

IMG_4202.JPG←北尾根の堀切
 遠の倉楯(遠の倉館)は、伊達政宗(貞山公)が合戦していた頃に、馬上11騎・槍鉄砲150人組で守った陣地跡と伝えられる。但し、同じ伝承が近くの前田楯にもあり、詳細は不明である。

 遠の倉楯は、阿武隈川曲流部の西岸にそびえる標高351.3mの山上に築かれている。城内にはテレビの電波塔や愛宕神社があり、未舗装の山道があるので登城は容易だが、その分遺構が破壊を受けている。南北に伸びる尾根上に築かれた山城で、主郭は前述の通り電波塔が建っているので、大きく改変されていると思われる。主郭の南から南西には腰曲輪が築かれている。また主郭の東側には愛宕神社が鎮座する平場があり、二ノ郭であったと推測される。主郭から北に伸びる尾根を薮漕ぎしながら進んでいくと、北の段曲輪群が現れる。その前には中央に土橋の架かった小規模な堀切があり、その先は北郭となっている。北郭の東側にも帯曲輪が付随しており、前述の堀切が城内通路として繋がっていた様である。遺構としては以上で、遠の倉楯は小規模な山城の雰囲気をよく残している。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/37.935872/140.686069/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。


戦国大名伊達氏 (中世関東武士の研究25)

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タグ:中世山城
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