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前田楯(宮城県丸森町) [古城めぐり(宮城)]

IMG_4059.JPG←主郭外周の横堀
 前田楯(前田館)は、伊達政宗(貞山公)が合戦していた頃に、馬上11騎・槍鉄砲150人組で守った陣地跡と伝えられる。但し、同じ伝承が近くの遠の倉楯にもあり、詳細は不明である。

 前田楯は、比高わずか40m程の丘陵上に築かれている。南の車道脇に標柱があり、登道が付いている。基本的に単郭の城砦で、小屋楯と似た感じであるが、縄張りに技巧的なものはなく、素朴な形態である。主郭には現在小祠があるだけだが、南から一直線に登る参道が付いているので、昔はもう少し大きな神社でもあったかもしれない。主郭内部は何段かの平場に分かれているようだが、普請が荒く、緩斜面で囲われている感じで形状はあまりはっきりしない。主郭の外周は南・西・北の三面に横堀が廻らされている。東側だけ広幅の数段に分かれた腰曲輪となっている。南の尾根との間は横堀がそのまま堀切となって分断し、尾根上は物見の様になっている。主郭東側は、東側の腰曲輪に向かって大きく傾斜しているが、虎口のような明確な構造はなく、形態がよくわからない。この他、主郭虎口の内側には桝形状の空間があり、また南の横堀から180度Uターンして上の平場に通じる虎口状の構造も見られる。いずれにしても、全体にざっくりした印象の城で、おまけに全体に薮が多く、特に横堀の大半は薮に埋もれてしまっていて見栄えしない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/37.933993/140.677614/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。


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タグ:中世平山城
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