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荒谷(阿谷)古戦場(山形県天童市) [その他の史跡巡り]

IMG_3464.JPG←古戦場碑
 荒谷(阿谷)古戦場は、南北朝時代に北朝方の幕将で奥州管領吉良貞家・貞経父子と南朝方の北畠顕信が会戦した場所である。1351年11月のことと言われる。この時期は室町幕府の大規模な内訌「観応の擾乱」の最中で、奥州の押さえである奥州管領(後の奥州探題)として下向していた畠山国氏・吉良貞家が足利尊氏派・直義派に分かれて争い、1351年2月に直義派であった吉良氏は、尊氏派の畠山高国 ・国氏父子を岩切城に攻め滅ぼしている。北畠顕信は、兄・北畠顕信が石津の戦いで敗死した後、奥羽を転戦して逼塞を余儀なくされていたが、この両派の抗争の隙を突いて再起し、荒谷(阿谷)等で吉良氏の軍勢を相次いで撃ち破ったと言う。一時は多賀城を奪還するまでに至ったが、しかしそれも束の間で、態勢を立て直した吉良氏の反撃を受け多賀城を失陥、1353年には宇津峰城も落城して、再び出羽に逼塞したと見られている。

 古戦場跡には現在北畠親房・顕信父子を祀った北畠神社が建てられている。境内には古戦場碑が建ち、往時の合戦の歴史を伝えている。それにしても、神社の由緒に「南朝の忠臣北畠顕信卿」「北朝の賊将陸奥探題吉良貞家・貞経父子」とあり、漆川古戦場の項でも書いたが、いい加減に皇国史観に毒せられた時代錯誤な解説文は書き改めて欲しいものだ。

 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.314707/140.393965/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書)

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  • 発売日: 2017/07/19
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タグ:古戦場
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