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沢田館(宮城県大崎市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_9816.JPG←堀跡っぽい水路
 沢田館は、南北朝時代に生起した観応の擾乱の際に、畠山氏が拠った要害である。足利幕府は、1346年に奥州管領として吉良貞家・畠山国氏の2人を派遣したが、足利尊氏・直義兄弟が争う「観応の擾乱」が起きると、その余波で直義党の吉良氏と尊氏党の畠山氏が対立した。この時、畠山勢が長岡郡沢田要害まで進出したと伝えられており、沢田要害がこの沢田館に比定されている。その後、四管領並立時代を経て、最終的に大崎氏が奥州探題として権威を確立した。大崎氏支配時代には、沢田館主は始め大崎氏の被官留守長門弾正、天文年間(1532~55年)頃には古川城主古川持慧の被官米谷兵部照正であったとも言われている。

 沢田館は、江合川北岸の平地に築かれている。館跡は宅地となっていて、遺構は湮滅している。遍照院付近が主郭跡と考えられており、付近には大手屋敷・中門屋敷・搦手屋敷・馬場屋敷等の地名が残っている。付近を見て回ると、寺の北側に堀や切岸らしい地形が見られ、西隣の民家との間の水路も堀跡っぽく感じられる。また民家に土塁跡のような土盛りもあるが、いずれも遺構かどうかははっきりしない。寺の入口に標柱が立っているだけマシとすべきか。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.601780/140.970200/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書)

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  • 作者: 亀田 俊和
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/07/19
  • メディア: 新書


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