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吉良上野介陣屋(群馬県藤岡市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_8963.JPG←陣屋跡の標柱と解説板
 吉良上野介陣屋は、忠臣蔵で有名な吉良上野介義央の陣屋である。吉良家は足利一門でも家格の高い家柄で、戦国時代に駿河の太守として有名な今川氏は、その分流に当たる。足利将軍家が万一絶えた時は、次の将軍は吉良家から、吉良が絶えたら今川家から、と言われる程の家格を誇った。徳川幕府が成立すると、有職故実に通じた由緒正しい名家を高家肝煎職として、主に対朝廷の儀式・典礼の対応に当たらせたが、吉良家もその一家であり高家筆頭でもあった。吉良家は1650~1703年まで、現・藤岡市の白石に712石を領し、字中郷に陣屋を作って治めさせていた。伝承では吉良若狭守の正室が伊香保温泉からの帰途この館に寄り、義央を生んだとされる。義央は勅使饗応に当たって赤穂藩浅野内匠頭長矩と確執を生じて江戸城中で刃傷沙汰となり、後に赤穂藩の家老大石内蔵助良雄率いる赤穂浪士の討ち入りに繋がったことは忠臣蔵の物語で広く知られている通りである。義央が赤穂浪士に斬殺されると吉良家は改易となり、この時に陣屋も廃されたのだろう。

 吉良上野介陣屋は、次の訪問地へ行く途中でたまたま案内看板を見つけて立ち寄った。標柱と解説板が道路脇に立っているが、その背後に広がるのは一面の畑だけで全く遺構は確認できない。昭和20年代の航空写真を見ても既に遺構はない様なので、早くに失われたのだろう。すぐ近くに上野介の産湯の井戸が残っていたのだが、見逃してしまったのは残念。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.249482/139.031725/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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タグ:陣屋
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