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千軒山城(群馬県神流町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_0415.JPG←主郭
 千軒山城は、一夜ヶ城とも言い、歴史不詳の城である。この地域の土豪であった黒澤氏、土屋氏に関連した城と考えられている。なお歴史不詳とは言いながら、一夜ヶ城と言う名から想像すれば、一夜にしての築城伝説か何かがあったのではないだろうか?一夜にしての築城は在地土豪レベルの小勢力には相応しくない伝説なので、佐久方面より侵攻してきた甲斐武田氏の後援による構築であったかもしれない。あくまで個人の勝手な推測であるが。尚、千軒山城の尾根続きの遥か下方には黒田城があり、関連のあった城であったことも想定される。

 千軒山城は、標高772m、比高432mの千軒山に築かれている。黒田城の尾根続きで、黒田城の西側からハイキングコース(トレイルランのコース)が整備されている。長い尾根筋の途中に広い平場があり(標高630m付近)、小屋や倉庫が置かれた曲輪と考えられる。山頂の城は、東西に伸びる尾根上に4つの曲輪を連ね、各曲輪を堀切で分断した小規模な城砦である。主郭前面の尾根筋に数段の腰曲輪を築いて前衛としている。主郭直下の腰曲輪は、尾根筋で堀切状となり、わずかだが遮断効果を持たせている。この腰曲輪は主郭の南側を帯曲輪状に延々と伸び、主郭背後の堀切まで通じている。途中に竪堀が穿たれ、この竪堀によって腰曲輪を分断している。山頂の曲輪は、東から順に主郭・二ノ郭・三ノ郭・四ノ郭と配置され、主郭が最も規模が大きいが、それでも居住性はほとんど無い。主郭の北辺だけ土塁が築かれている。二ノ郭・三ノ郭は数人しか入れない程の小規模なものである。堀切はいずれも小規模だが、三ノ郭背後のものは円弧状に掘り切っており、形状として横堀に近い。その先を降った先にある四ノ郭はやや広いが、ほとんど自然地形に近く普請は不徹底である。四ノ郭の西から南には広い平坦地が広がっている。この平坦地は、城の南中腹全体に広がっており、東の尾根まで伸びている。これが居館などの城郭遺構かどうかは微妙で、一見すると植林地か耕作地にしか見えないのだが、平場内部の仕切り土塁に石塁があり、その一部は耕作などで築いたものにしては石のサイズが大きく、しかも虎口状の通路もあるので、この大きい石垣は城の遺構かもしれない。
主郭背後の堀切→IMG_0428.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.119356/138.895340/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


首都圏発 戦国の城の歩きかた

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  • 作者: 西股 総生
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タグ:中世山城
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