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寺尾茶臼山城(群馬県高崎市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_6937.JPG←主郭切岸と周囲の横堀
 寺尾茶臼山城は、鷹ノ巣城とも呼ばれる山城である。その歴史には諸説ある。
①鎌倉時代に新田氏の祖、新田義重が居城としたとする説。義重は八幡太郎源義家の孫で、弟の義康は足利氏の祖となった。義重は源頼朝挙兵の際、平家方に付いた為、鎌倉時代を通して新田氏は鎌倉幕府から冷遇された。その雪辱を果たしたのが、新田義貞である。
②南北朝時代に新田義貞の弟、脇屋義助が城主であったとする説。
③室町時代の正長年中(1428年頃)に和田小太郎という武士が築城したとする説。
④戦国時代の1565年に、武田信玄が山名城と鷹ノ巣城(寺尾茶臼山城)の間に新城(根小屋城)を築いたという『甲陽軍鑑』の記事。
 しかし新田氏居城説(脇屋義助も含めて)は、新田氏の本拠地(新田庄)が東に遠く離れていることから、事実ではないだろう。和田氏が築いた小城砦を、武田氏が根小屋城築城と共に改修したという辺りが史実に近いのではないだろうか。あくまで個人的推測であるが。

 寺尾茶臼山城は、標高170m、比高90m程の山上に築かれている。山頂に長方形の主郭を置き、その北面・東面に横堀を穿ち、周囲に二ノ郭・三ノ郭の平場が段状に築かれている。また主郭背後には堀切を挟んで南郭が置かれている。この背後の堀切は、この手の小城砦にしては規模が大きい。主郭の南面から西面は土塁で防御している。また主郭周囲の横堀には土橋が架かり、主郭虎口と横堀外周の土塁とを連結しており、根小屋城と似た構造となっている。この点から、武田氏改修の可能性が高いのではないかと思う。小規模な城であるが、普請はしっかりしており見応えがある。城山住宅団地から散策路があり、2台分の城址見学者用の駐車場もある。城跡も整備されているので、見学しやすい。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.292100/139.008958/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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タグ:中世山城
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