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永井城(茨城県土浦市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_5040.JPG←主郭周囲の土塁と横堀
 永井城は、常陸の名族小田氏の支城である。南北朝期には、小田治久は北畠親房を擁して小田城に立て籠もり、幕将高師冬の攻撃を受けたが、永井城も師冬軍に攻撃されたと言う。

 永井城は、標高70m、比高40m程の丘陵上に築かれている。城の選地としては甲山城に似ている。甲山城と同様、ほぼ単郭の城で、主郭の外周を土塁で囲み、外周には横堀を廻らしている。主郭の北西には腰曲輪を設けているが、南と北に主郭土塁から突き出した土塁を築いて防御し、主郭の横堀はこの土塁に突き当たった所で横に折れて、竪堀となって掘り切っている。この突き出し土塁の内、北のものは根本が堀切兼用の虎口となっており、横堀に通じている。また主郭の東側には、土橋の架かった虎口が見られる。主郭の横堀外周も低土塁が築かれ、特に南東角は物見台状となっている。甲山城と比べると横矢掛かりが少なく、築城思想の違いがわかりやすい。この他、藪の多い主郭内には、円形の塚が見られる。祭祀用の施設であろうか?主郭の周囲は緩斜面が広がり、いくつかの塚が見られるのも甲山城と共通している。南西に向かって竪堀状に、山麓から通じる城道が残っているが、中程に櫓門跡と思われる土塁が道の両側に残っている。以上が永井城の遺構で、主郭の広さは甲山城の倍ほどもあるが、横矢掛かりがあまり意識されておらず、居館的機能を重視した城と考えられる。
城道中程の櫓門跡→IMG_5116.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.154951/140.189924/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
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