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根無藤古戦場(宮城県蔵王町) [その他の史跡巡り]

IMG_8421.JPG←一戦場の首塚
 根無藤古戦場は、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼした奥州合戦の際の古戦場である。藤原氏4代泰衡は、阿津賀志山に築いた長大な防塁を奥州防衛の最前線とし、その後方に幾つもの城砦を築き、根無藤にも城郭(根無藤館)を築いて鎌倉勢を迎え撃った。阿津賀志山防塁を激戦の末に鎌倉勢に突破され、前線の総大将藤原国衡(西木戸太郎)までが討死し、奥州勢は総崩れとなったが、金十郎・勾当八・赤坂次郎らが大将となって、なおも根無藤楯に立て籠もって頑強に抵抗した。四方坂から根無藤に向かって進撃した鎌倉勢の別働隊は、四方坂から根無藤との間で奥州勢との間で7度に及ぶ激戦が展開された。鎌倉方の武将、三沢安藤四郎・飯富源四の兵略によって金十郎は討死し、その後は奥州勢は敗退して勾当八・赤田次郎以下30人が捕虜となった。こうして奥州合戦の大勢は決した。後世、この激戦のあった根無藤の地は「一戦場」と呼ばれる様になったと言う。
 尚、根無藤の名は、安倍貞任が馬の鞭に使っていた藤の枝を銀杏の木に差して置いていったところ、その藤の枝が銀杏に絡まって大木になったという言い伝えから、この地名が付いたと伝えられる。

 根無藤古戦場は、蔵王町役場から北に2.4km程の位置にある。車道の脇には「一戦場の首塚」と呼ばれる塚が残っているが、標柱も解説板もなく、忘れ去られている。また、首塚の西の丘陵上には金十郎らが立て籠もった根無藤館があるらしいが、付近の地元の方も、山の地主さんも、全く根無藤の戦いのことをご存じなかった。根無藤館の踏査は、地主のお爺さんから猪などが多くて危険なのでやめた方がよいと忠告された為、仕方なく断念した。こうして歴史が忘れられていってしまうのは、何とも残念なことである。

 場所:【一戦場の首塚】
    http://maps.gsi.go.jp/#16/38.117998/140.651264/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:古戦場
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