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長井戸城(茨城県境町) [古城めぐり(茨城)]

IMG_7846.JPG←主郭前面の空堀の横矢掛かり
 長井戸城は、天文年間(1532~55年)に小山氏に属した菅谷左京という武士の居城であったと伝えられている。菅谷氏は、1554年に祇園城主小山朝政の攻撃を受け、激戦の末に小山氏に降伏したと伝えられている。小山氏は古河公方の有力な与党であり、小山氏が長井戸城を攻撃したとされる年には、北条氏康に敵対した前古河公方足利晴氏・藤氏父子が古河城に立て籠もり、氏康の攻撃を受けて捕らえられていることから、足利晴氏の挙兵に呼応した攻撃であったものと推測される。その後の歴史は不明であるが、栗橋城水海城逆井城の中間に位置していることから、戦国末期には、北関東へ大きく勢力を伸ばして小山氏をも降した小田原北条氏の繋ぎの城として機能していたものと思われる。尚、発掘調査の結果では、12世紀~13世紀頃の鎌倉時代に築かれ、戦国時代まで在地豪族によって使われた可能性が高いことが判明したそうである。また長井戸城主であった菅谷家に伝来した「萌黄糸威伊予札二枚胴具足」が現存している。

 長井戸城は、現在長井戸香取神社の境内となっている。小河川に挟まれた舌状台地の中程に位置している。参道を歩いていくと、社殿の前面に空堀と土塁が横たわっている。空堀は浅くなってしまっているが、堀幅から考えると往時は3~4mの深さがあったものと推測される。参道東側で大きく横矢掛かりの屈曲が設けられており、いかにも北条的な造りである。社殿の建っているのが主郭で、外周の土塁は東半が残存しており、東側の空堀も明瞭に残っている。南の二ノ郭にも僅かであるが東辺の土塁・空堀が残存している。全く期待しないで行ったが、横矢の土塁・空堀が綺麗に残っており、一見の価値がある。
主郭北東部の土塁→IMG_7859.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.131159/139.796090/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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