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光得寺五輪塔(栃木県足利市) [その他の史跡巡り]

IMG_5150.JPG←前列左が南宗継の供養塔、
                          前列右が高師直の供養塔
 光得寺は、源姓足利氏3代義氏が開基となったとされる寺で、ここには樺崎寺(足利氏の菩提寺)にあった五輪塔群が移されている。明治初年の廃仏毀釈によって樺崎寺が廃寺となった際、法縁によって光得寺に移されたと言われている。全部で19基もの五輪塔群で、ほとんどは刻文が摩滅して誰のものか不明であるが、明確に読み取れるものが4基あり、足利尊氏と考えられるもの(「長寿寺殿」(=尊氏の法名)と推測されるが、一字が不明のため不確定)、その父・貞氏のもの、そして尊氏の執事を務め、各地の南朝方との戦いで絶大な軍功を挙げた前武州太守・高師直のもの、高氏の庶流で師直が観応の擾乱で滅ぼされた後に、一時期尊氏の執事を務めた南宗継のもの、がある。

 これらの五輪塔群は、長いこと修復整備のために足利市が寺から他所に移していたため、近年までお参りすることができなかった。ようやく昨年あたりに修復が完了し、立派な覆屋が建てられてお参りできるようになったのを、「高 師直: 室町新秩序の創造者(吉川弘文館)」という本に写真が載っていたのを見て初めて知り、さっそく初夏に訪問した。最初に光得寺を訪れたのは2008年。それから9年も掛かって、ようやく念願の対面ができた。足利は高氏一族の本拠地であり、光得寺はその庶流南氏の本拠であった名草に近い。おそらく南宗継やその子孫が建てた供養塔と思われるのだが、あれほど日本史に名高いのに、太平記による師直悪玉論によって功名を消し去られた師直の墓(供養塔)は、全国的にも多分ここしか無い(その他では、師直が惨殺された武庫川辺に「師直塚」というものがあるだけ)。その意味で、歴史的に極めて貴重な供養塔である。その他の無名の五輪塔も、一部がもし南氏が建てた供養塔だとしたら、武庫川で滅亡した高氏一族(師泰、師夏ら)の菩提を弔う供養塔であった可能性もあるだろう(南氏一族の墓は名草の清源寺にあるので、光得寺のものは観応の擾乱で滅亡した高氏宗家の諸将を供養したものではないだろうか)。南北朝時代の重要な歴史を再認識させる、貴重な文化財である。

 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.359314/139.482293/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:墓所
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