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島並城(茨城県行方市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_4168.JPG←主郭の横堀
 島並城は、この地の国人領主島並氏の居城である。島並氏の出自は明確ではないが、一説には大掾氏の庶流行方氏の一族とも言われている。島並氏の事績も不明点が多いが、1591年に、佐竹義宣による「南方三十三館の仕置」によって鹿行諸将が謀殺され城が悉く制圧されると、島並城も開城し、城主島並入道幹家も死亡した。島並氏の遺臣藤崎権右衛門は、主君の菩提を弔う為に登城山是心院を城址に建立した。その後、幹家の子左衛門大夫幹国は、佐竹氏の家臣となってり水戸城に出仕していたが、行方郡の取締りとして島並に止宿し、権右衛門の誠心に感じて、島並の姓を賜ったと言う。

 島並城は、霞ヶ浦東岸の比高20m程の丘陵突出部に築かれている。城の中心部は是心院背後の丘陵部にあるが、是心院が建っているのも往時の南郭であったと考えられる。最高所に主郭を置き、主郭の東西に東郭・西郭を置いている。主郭・東郭・西郭共に南北に長い曲輪で、主郭のみ背後に土塁があり、また前面に櫓台を築いている。東郭は切岸のみで区画されているが、西郭との間は横堀で分断されている。西郭の北端が櫓台状の高台になり、祠が祀られているが、往時から宗教施設があった可能性がある。西郭の西側にも2段の横堀が穿たれており、主郭のものと合わせて西側だけ三重の横堀で厳重に防御されている。西郭西脇の横堀は城内通路を兼ねていたらしく、下段の横堀に繋がる虎口が築かれている。下段の横堀の西側には腰曲輪が築かれている。城内は、南郭・西郭以外は山林となっているが、歩けないほど酷くはない。厳重な横堀群が特徴的な城である。
西郭北端の高台→IMG_4160.JPG
IMG_4157.JPG←中段横堀の虎口
 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.015617/140.475826/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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