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西条城(長野県筑北村) [古城めぐり(長野)]

IMG_5469.JPG←標柱・解説板の立つ主郭
 西条城は、青柳城の支城である。城主は、青柳氏の重臣鬼熊左衛門尉康長で、剛勇な武士であったという。康長は、天文年間(1532~55年)に小笠原氏の軍勢と立峠で戦い敗れて、自刃したと伝えられている。その後の歴史は伝わっていないが、青柳城が武田氏・織田氏の滅亡後に小笠原貞慶の支配下に入ると、西条城も小笠原氏の支配下に置かれたものと考えられる。

 西条城は、小仁熊地区の西側にそびえる標高790mの山稜上に築かれている。山稜上を縦走するハイキングコースが整備されており、長野自動車道の側道脇から登道もついているので、あまり迷わずに登ることができる。連郭式の比較的小規模な城で、頂部に四阿と解説板・標柱の建った主郭を置き、南に一段下がって二ノ郭、更に南下方に三ノ郭と前衛の腰曲輪を置いている。三ノ郭は側方に高台が置かれており、櫓台などとして機能した様である。更に南尾根の鞍部は堀切となっており、一方主郭の北尾根にも堀切が穿たれ、その先の北の物見台の北西にも3条の片堀切状の地形が確認できる。しかしいずれの堀切も規模は小さく鋭さに欠け、どれほどの防御性を発揮したのかは不明である。この他に主郭の西斜面にも腰曲輪群があるらしいが、藪が深く踏査できない。そもそもハイキングコースがあるものの、いずれの曲輪も藪だらけでほとんど未整備の状態である。竹場城より訪城も楽だし、遺構もしっかりしているが、規模・縄張り的に物足りなさは残る城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.403358/137.998710/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世山城
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