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茶臼山陣場(長野県長野市) [古城めぐり(長野)]

IMG_2418.JPG←石碑と旗塚のある陣場跡
 茶臼山陣場は、第4次川中島合戦の際に、川中島に着陣した武田信玄が最初に本陣を置いた陣場である。1561年8月、上杉謙信は1万3千の兵を率いて川中島に出陣し、犀川と千曲川を渡って海津城を見下ろす妻女山に本陣を置いた。その急報を狼煙の伝達で受けた信玄は直ちに躑躅ヶ崎館から出陣し、途中信濃の兵も合わせて総勢1万8千の軍を率いて川中島の西方の茶臼山に本陣を構え、雨宮の渡しを中心に軍を展開し、謙信の退路を断つ態勢に出た。しかし上杉方に動きは見られず、10日以上両軍の睨み合いが続いた末、信玄は茶臼山を降りて海津城に全軍を集結させた。そこで軍議を行い、山本勘助の献策を容れて決めたのが、史上名高い啄木鳥戦法であった。これ以降の戦いの推移は川中島古戦場の項に記載する。

 茶臼山陣場は、標高729.9mの茶臼山の、南西の小ピークに置かれたと伝えられている。往時は北峰と南峰があったが、大正時代に地滑りが発生して南峰がなくなったらしい。伝承からすると、この消失した南峰付近に本陣が置かれたのだろう。地形が変わっているので、想像だけの話になるが本陣跡の南側から西側にかけては、緩やかな斜面が広がっており、信玄直率の軍団を斜面上に広く展開させたものだろう。明確な遺構はほとんどないが、小ピークの近くには本陣跡の石碑が建ち、その脇には旗塚とされる土盛りが残っている。相当な高地で、川中島全域を一望のもとに見渡せ、正面には妻女山やその後背の川中島城砦群を遠望できる。車で登ってくるだけでも時間がかかるので、いくら眺望に優れた高地の争奪戦が重要とはいえ、わざわざ軍を率いてこんな高所まで登るのかと、圧倒される。尚、訪問したのが4月中旬で、長野の遅咲きの桜が満開で美しかった。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.592445/138.105998/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
タグ:陣城
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