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山尾城(茨城県日立市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_8226.JPG←鉄塔のある曲輪裏の堀切
 山尾城は、櫛形城主または友部城主であった小野崎通春が新たに築いた城である。即ち1370年、初期の居城(櫛形城または友部城)の水便上の不利から、程近い山尾山に新たに山尾城を築いて居城を移した。その後、この地の小野崎氏は山尾小野崎氏と称され、小野崎氏の惣領家として佐竹氏の家臣団の中で重きを成した。成通の時に佐竹義篤の二男義昌を養子に迎えてからは、特に佐竹氏との繋がりが強くなり、佐竹氏の麾下で譜代の宿老として活躍した。1602年に佐竹義宣が出羽秋田に移封となると、小野崎氏も秋田に移り、山尾城は廃城となった。

 山尾城は、櫛形城の南南東600m程の至近距離に位置している。比高20m程の独立丘陵に築かれているが、現在は十王中学校となっており、遺構はかなり失われている。わずかに確認できるのは学校の裏手に当たる西側の遺構群で、絶壁下に横矢の掛かった空堀と櫓台が藪がひどいものの確認できる。また断崖上には鉄塔の建つ高台の曲輪があり、そこに箱堀状の堀切が穿たれている。またこの鉄塔曲輪の北側は切り通しとなっており、搦手虎口であったのだろう。その北側には主郭土塁の残欠と思われる土塁状の高まりが残っていて、三角点が置かれている。一応、遺構があることはあるが、あまりに改変が進んでいることが残念である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.674684/140.679181/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
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あおれんじゃあ

ここはカメラを持った親父にとっては入るのが躊躇する城です。
小生は当時、中学生だった娘を1000円で雇って、娘を先頭にして突入しました。その効果は抜群でした。
ここは山上の平城、要害性と居住性を兼ねた常陸では比較的少ないタイプの城。あそこに中学つくらんでもねえ?
by あおれんじゃあ (2016-07-11 20:36) 

アテンザ23Z

>あおれんじゃあさん
今の御時世ですから、さすがに構内には入れないですね。訪城した時も、車で入口近くまで登ったら、学校から出てきた女子中学生に、ものすごく怪訝そうな目で見られてしまいました。
城址として、限定付きでもある程度開放してもらえればいいのですが。
玉縄城址の清泉女学院を見習って欲しいところです。
by アテンザ23Z (2016-07-11 22:59) 

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