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水口館(栃木県大田原市) [古城めぐり(栃木)]

IMG_0678.JPG←土塁
 水口館は、大田原城築城以前の大田原氏の居館である。大田原氏は武蔵七党丹党の出と言われ、1494年に康清がこの地に移り住んで大俵氏(後に大田原氏)を称し、水口館を築いて居館とした。大田原氏は那須氏に仕え、主家の分裂抗争の中で筆頭重臣にのし上がった。1518年、大田原資清は、白旗城主大関宗増・福原城福原資安との抗争に敗れ、一旦は越前の永平寺に出家隠棲した。その為水口館も一時廃館となった。暫く後、永平寺を訪れた越前の戦国大名朝倉孝景と意気投合し、その支援を得て下野に帰国した。そして朝倉氏の支援の下、1542年に大関増次を白旗城に攻め滅ぼし、還俗して再び水口館を居館とした。しかし1545年、大田原城を築いて移り、水口館は廃された。

 水口館は、水田地帯の只中に土塁と堀跡が残っている。土塁は南半分が湮滅し、北半分だけ残っているが、高さ4~5m程もあり中々規模が大きい。また北東部は鬼門除けの入り隅となっている。外周を一段低い水田が取り巻いており、堀跡であることが明瞭である。堀の外側にも僅かに土塁跡が散見される。大田原市内の居館は皆そうだが、水田地帯の中でよくこれだけの遺構が破壊されずに残ったものだと、感心せずにはおれない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=36.883156,140.036073&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
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