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東城(埼玉県熊谷市) [古城めぐり(埼玉)]

IMG_7228.JPG←八幡神社脇の窪地
 東城は、西城に対する東の砦であったとされる。この福川南岸の地は長井庄の要衝で、平安初期には左近衛少将藤原義孝の所領となり、その5代の裔、幡羅太郎道宗が館を構え、その子で成田氏の祖となった成田式部大輔助高が本城として西城を築いたとされる(但し、成田氏は武蔵七党横山党の一流との説もある)。この時、東に砦を設けており、これが東城と呼ばれる。その後、1062年に前九年の役で源頼義・義家父子に従い軍功を挙げた越前斎藤実遠が、源家所領の長井庄の庄司となってこの地に入部すると、助高は太田庄成田郷に館を移したと言う。以後斎藤氏の領するところとなったが、実遠の子実直は越前河合の同族から実盛を養子として迎え、実盛は首邑の地利を考慮して、館を西野郷に移したと伝えられている。実盛は、源平争乱の際に加賀篠原での戦いで木曽義仲と戦って壮絶な討死を遂げた。

 東城は、福川南岸の八幡神社付近にあったとされている。神社の脇の茂みの中には、窪地状の地形が見られ、堀跡であるかもしれない。しかし古い館でもあり、周辺の改変も進んでいるため、明確に遺構とは言い切れない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=36.201326,139.398737&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
タグ:居館
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