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館の越館(山形県高畠町) [古城めぐり(山形)]

IMG_2876.JPG←館西側の土塁跡
 館の越館は、独眼竜伊達政宗(貞山公)の股肱の臣、片倉小十郎景綱の館と伝えられている。『伊達家臣録』によれば「(安久津)八幡(神社)総裁片倉小十郎の館跡あり」と記載されており、館の越館から程近い安久津八幡神社の総裁を景綱が務めていたと伝えられている。この時に神社に近いこの地に館を構えたものだろうか。ちなみに伊達家中の内訌、天文の乱では、勝者の晴宗は稙宗党であった神宮寺から安久津八幡別当職を取り上げ、自党の金蔵院に与えたと言う。また1588年、安久津で伊達氏と佐竹・葦名連合の間に争乱があり、片倉小十郎らの鉄砲隊が葦名氏らの軍勢を追い払ったとも伝えられる。いずれにしても、七ヶ宿街道を通って奥羽山脈を越えて置賜盆地に入った入口に当たる地であり、置賜防衛の重要な地であったのだろう。

 館の越館は、屋代川とその支流の下有無川に挟まれた平地中央の段丘上に築かれている。現在は一部が墓地となるほかは耕作放棄地である。館跡は、ただ荒れた平場が残るだけで遺構には乏しい。しかし墓地の脇には僅かな土盛りがあり、土塁跡とされている。この土塁に沿って、墓地の中が一段低くなっており、これが堀跡であったと言う。また台地の東側辺縁部は、平場全体よりもほんの僅か高くなっており、外周を防御する土塁的な帯曲輪であった様だ。その先は数mの段差で、下には水路が流れている。一応土塁・堀はあるが、遺構としてはかなり不明瞭で期待しない方が良い。ただ、片倉小十郎にまつわる遺蹟ということで訪れた。
わずかに高くなっている東辺部→IMG_2889.JPG
IMG_2615.JPG←小十郎が総裁を務めたという
安久津八幡神社

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=38.004871,140.223087&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
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