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下荻楯(山形県南陽市) [古城めぐり(山形)]

IMG_2253.JPG←6重掘切の一部
 下荻楯は、歴史不詳の城である。小滝街道を押さえる要害であることから、小滝口に築かれた小滝城と共に、伊達氏が小滝街道の重要な守備地として築いたものと推測されている。

 下荻楯は、小滝街道西側の山稜上に築かれた城である。『山形県中世城館遺跡調査報告書』の縄張図によれば大きく3つの郭群に分かれ、主城部と考えられるのが第Ⅱ郭群で麓からの比高180m、物見郭と考えられるのが第Ⅲ郭群で、第Ⅱ郭群より更に70m程高所に位置する。縄張図に書かれていた北東から城へ登る道は完全に途絶しており、仕方なく沢を越えて物凄い急傾斜の斜面を登攀するハメになった。後から考えれば、地形図にある南東の山道から東尾根に直登するのが正解だったかもしれない。結局、小滝城と同様、城跡に到達するのに1時間も掛かってしまった。

 最初に到達したのは下荻楯の物見郭に当たる第Ⅲ郭群であった。調査報告書の第Ⅲ郭群の位置は間違っていて、実際には標高600mの小ピーク上に主郭がある。ピーク上に小さな主郭を置き、北東に延びる支尾根上に数段の段曲輪群を築き、先端近くに小堀切を穿っている。主郭背後にも小堀切が穿たれている。見るからに物見台という感じの小規模な曲輪群である。しかしその南東に続く尾根の先には、離れて掘られた2つの小堀切を挟んで、平坦な自然地形の平場が広がっており、先端にわずかな段差で区画された段曲輪があることから、ここも城域として機能していたことは確実である。一方、主城となる第Ⅱ郭群へは、この南東尾根の途中から北東に派生する支尾根を降っていく。途中に1本、浅い小堀切があって更に降ると、目の前に6重掘切が現れる。1番外側のものだけは側方に土橋が架かる浅い掘切だが、他の5本はこの城の他の堀切とは明らかに規模が異なり、深さ2m程であるがガッチリと穿たれたものである。そういった意味では、6重というより5.5重に近い。いずれにしても、主城部と背後の尾根との連絡を厳重に遮断する意図を持っていたことが明確にわかる。主郭は背後に土塁が築かれ、周囲に数段の帯曲輪群が廻らされた伊達氏の山城の一形態である多段式の曲輪となっている。この城では主郭から北に伸びる尾根に向かって、見事な8段程の段曲輪群が連なっており、壮観である。もう一つ、主城部から東に降った尾根にⅠ郭群があるらしいが、日没が近かったので今回はパスした。下荻楯では、前述の6重掘切が異彩を放っている。
物見郭(第Ⅲ郭群)の段曲輪群→IMG_2207.JPG
IMG_2279.JPG←第Ⅱ郭群の段曲輪群
 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=38.136987,140.155474&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
    (本城)
    http://maps.gsi.go.jp/?ll=38.136936,140.152491&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
    (物見郭)

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。
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