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佐津間城(千葉県鎌ケ谷市) [古城めぐり(千葉)]

IMG_5547.JPG←南端の櫓台と空堀
 佐津間城は、歴史不詳の城である。この地は、千葉氏の庶流相馬氏の所領で、相馬胤村と薩摩(佐津間)の関係が文書に残っていることから、胤村以後約100年後の応永年間(1394~1428年)頃まで相馬一族の所領であったとされる。しかし佐津間城と相馬氏との関係は不明で、殊に『日本城郭大系』では城の規模が小さすぎることから相馬氏の関連を疑問視している。戦国時代になるとこの地域は小金城主高城氏の支配下に入ったが、やはり佐津間城との関係は不明である。一方、大系では江戸時代に幕府が軍馬・農馬を養産した小金牧に隣接していることから、元々あった城を野馬囲い等に改造したとの説を提示している。

 佐津間城は、大津川西岸の比高15m程の段丘の縁に位置している。ほぼ単郭の狭小な城で、土塁で囲まれた小さな主郭は、外周に空堀が巡らされ、櫓台からの横矢掛かりが設けられる他、南東に小郭を伴った虎口を築いている。『千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書』の縄張図によれば、主郭の南北に外郭部と思われる一直線状の土塁が連なっていたようだが、大系ではこれを前述の小金牧に関連した「野馬除け土手」であると断じており、一考を要する。また『図説 房総の城郭』では村の城との説も提示しているが、村人の避難所にしても規模が小さすぎ、中々考察の難しい城である。尚、主郭下の民家の方の話では、主郭は子供の遊び場となっているらしく、現に土塁上に手製のブランコや落とし穴が掘られていた。遺構の損壊は悩ましいが、城が子供の遊び場となっているのは、未整備で忘れられた藪城に比べれば、むしろ微笑ましいことである。
狭小な主郭→IMG_5563.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=35.797984,140.003071&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
タグ:中世崖端城
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