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橋本城(茨城県桜川市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_3985.JPG←大手の囲郭
 橋本城は、笠間氏の家臣谷中氏の居城と言われている。『日本城郭大系』等によれば、谷中豊前守将国が築いたと言われ、天正年間(1573~92年)には谷中玄蕃がこの城に拠って、笠間氏と対立していた益子氏の富谷城との間で激戦が繰り広げられたと言う。玄蕃は討死し、その子孫八郎が若すぎたため、江戸美濃守が代わって指揮を取ったこともあるらしい。一方、城の北麓にある爪黒神社の社殿によれば、応永年間(1394~1428年)に中郡庄太田郷の地頭太田伊勢守貞経が橋本城を築き、1520年には下館城主水谷氏の家臣片見伊賀守清信が城主になったとされ、大系の記事といずれが正しいかは不明である。

 橋本城は、標高227m、比高167mの山上に築かれた城である。山頂に主郭を置き、周囲に曲輪群を配置しており、全体に高低差の大きい縄張りとなっている。大手郭やニノ郭は、土塁で囲まれた囲郭となっており、ニノ郭南側と主郭腰曲輪の北側には掘切を穿っている。また北東の谷戸部に向かって城道が通り、その下に井戸曲輪がある。城内の動線は明確で、大手道などもはっきりと残り、主郭腰曲輪には掘切から腰曲輪に迂回して登る小枡形も築かれている。遺構はよく残っているが、山中は未整備で城域の多くが藪に埋もれている。縄張り的には羽黒山城との共通点もあり、その点から考えれば笠間氏の城と考えるのが妥当な様である。尚、北の尾根筋には途中に溝状の地形が見られるが、材木搬出によるものか遺構なのか、はっきりしない。
ニノ郭背後の掘切→IMG_4123.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.347900/140.123481/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
タグ:中世山城
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