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境根原古戦場(千葉県柏市) [その他の史跡巡り]

IMG_9788.JPG←合戦の首塚・胴塚
 境根原古戦場は、酒井根合戦場とも呼ばれ、室町時代後期に太田道灌と千葉孝胤が一戦を交えた古戦場である。1476年に生起した長尾景春の乱の際に、景春方に付いた千葉一族討伐の為、1478年、扇谷上杉定正は家宰の江戸城主太田道灌と赤塚城主千葉自胤(武蔵千葉氏)らを下総国府台に向けて出陣させた。対する千葉孝胤は、原景弘・円城寺図書之助・臼井俊胤ら一族重臣を率いて境根原で迎撃した。合戦の様子は明確には伝わっていないが、『鎌倉大草紙』によれば孝胤の重臣木内氏・原氏らが討死したとされ、相当の激戦の末に孝胤方が敗れ、孝胤は一族の臼井持胤・俊胤の守る臼井城に籠城した。翌年正月、道灌は弟の図書助資忠・千葉自胤を率いて臼井城を攻囲したが、守りが堅く容易に落ちなかった。太田資忠は、ようやく臼井城を落城させたが、自身は乱戦の最中に討死したと伝えられている。

 境根原古戦場は、現在は光ヶ丘団地に変貌している。最も激戦が展開されたのは麗澤大学附近の小字赤作であったと言われ、赤作の名も一説には、討死した将兵の血でこの付近の野原が真っ赤に染まったことから付いたとも言う。いずれも既に景観が失われて久しいが、団地の中に合戦の首塚・胴塚と伝わる2基の円球状の塚が残っており、往時の歴史を伝えている。

 場所:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=35.828336&lon=139.959155&z=16&did=std&crs=1
タグ:古戦場
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