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小御門城(千葉県成田市) [古城めぐり(千葉)]

IMG_4819.JPG←屈曲する空堀
 小御門城は、小帝城とも記載し、歴史不詳の城である。伝承では、1332年に元弘の変で下総に配流された大納言花山院師賢が居住した場所とされる。師賢は後醍醐天皇の寵臣の一人で、1331年、倒幕計画が露見して笠置山に脱出した後醍醐天皇が挙兵した際、師賢は後醍醐の命を受けて玉衣をまとって後醍醐に成り代わり、比叡山に入った。天皇を迎えたと信じ込んだ叡山の衆徒は一時的に意気上がり、幕府軍に対して善戦したが、間もなく身代わりであることが露見すると、僧兵達は俄に心変わりし、師賢は叡山から落ち延びて、結局幕府に捕縛された。翌32年、後醍醐は隠岐に配流となり、皇子・寵臣達も遠流となった時、師賢は千葉介貞胤に預けられ、下総に配流となった。この時小御門城の地に籠居したと言われ、当地で出家したが間もなく病死したと『太平記』に伝えられている。齢32歳と伝えられる。

 小御門城は、比高20m弱の台地辺縁部に築かれた城である。空堀で囲まれた主郭と外郭から成る城であるが、外郭は耕地化により遺構はほとんど湮滅している。主郭は東辺部以外を空堀で囲繞し、郭内には土塁や隅櫓台を築いて防御を固めている。空堀はわずかに折れが付けられて、横矢が掛けられている。その構造から考えれば、戦国期の遺構と推測される。この他、外郭東側にもわずかに腰曲輪が確認できる。尚、主郭内には「公家塚」と呼ばれる花山院師賢の墓があり、城の北には師賢を祀った小御門神社が建てられている。
主郭北東の隅櫓台→IMG_4844.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.854220/140.358209/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
タグ:中世崖端城
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