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稲村城(千葉県館山市) [古城めぐり(千葉)]

IMG_5177.JPG←主郭背後の高土塁
 稲村城は、安房の戦国大名里見氏の居城の一つである。里見氏は、初代義実が白浜城を拠点に安房一国を平定してから、その時々の情勢によって何度か居城を移しており、稲村城は2代成義の頃に築城され、3代義通の居城となったと言われている。義通の死後、「天文の内訌」と呼ばれる抗争が起き、里見実堯と、その実堯を滅ぼした義豊が、相次いでこの稲村城で攻め滅ぼされた。その経緯は、犬掛古戦場の項に記載する。その後稲村城は廃城になった。

 稲村城は、比高50m程の丘陵先端部に築かれている。現在、岡本城と共に国の史跡に指定されており、遺構は良く残っている。山頂に広い面積を持った主郭を築き、その周囲は小規模な腰曲輪を付随させ、南に伸びた尾根の側方に段々に腰曲輪を付随させ、主郭とは堀切で分断されている。主郭は眺望に優れ、2ヶ所の虎口を設け、背後には大土塁が築いて、主郭の北東に伸びる尾根上の曲輪とは堀切で分断されている。更にこの曲輪の先にも小規模な堀切があり、土橋が残っている。またこの他に、主郭周囲に腰曲輪が廻らされている。背後の尾根の最上部には「正木様」と呼ばれる祠があるが、往時の櫓台と考えられ、この櫓台は周囲に土塁を伴っている。稲村城は、基本的に単郭に近い、素朴な縄張りの城で、戦国前期の古い形態をよく残し、前期里見氏の居城として貴重な遺構である。しかし純然たる城郭遺構として捉えた場合、インパクトに乏しい。国指定史跡の城としては、今一つ、という感じである。
北東尾根の堀切と土橋→IMG_5199.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/34.997650/139.903392/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
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