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浦添城(沖縄県浦添市) [古城めぐり(沖縄)]

DSC05550.JPG←復元された城壁
 浦添城は、首里城以前の中山王城である。その創築は明確ではないが、13世紀に野面積みの城が築かれたと考えられており、一説には英祖王統初代の英祖王が築いたとも言われている。14世紀には高麗系瓦葺きの正殿を構えた大規模なグスクとなったことが発掘調査の結果からわかっており、察度王統の王宮であったと推測されている。1406年、佐敷按司の尚巴志は、察度王統(中山王)2代武寧王を攻め滅ぼし、父の尚思紹を中山王に即位させ、第一尚氏王統を開いた。そして新たな王城として首里城を築くと、浦添城は一旦荒廃した。しかし1500年頃から浦添按司家の居館となって再び整備された。1609年、薩摩島津氏が琉球に侵攻すると、浦添城は島津軍に焼き討ちされた。
 太平洋戦争の沖縄戦では、浦添城は眺望に優れた高地で首里周辺の拠点であった為、日米両軍の激戦地となり、逃げ込んだ住民が多数死亡し、グスクの遺構も大きく破壊された。

 浦添城は、標高120m程の細長い丘陵上に築かれたグスクである。徹底的な破壊を受けたせいか、城の形態は今一つわかりにくい。近年、城壁の石垣が復元整備され、北西側に立派な姿を再現したが、如何せん真新しい復元石垣であるので、古城の趣に欠けるのは仕方のない事であろう。しかし一部にはわずかに往時の石積みを残している様で、これらも今後復元整備されていくのだろう。いずれにしても祭政一致の琉球王国の都城であるので、戦闘を強く意識して防衛構造を張り廻らした本土の城とは、かなり趣の異なるグスクである。
わずかに残る往時の石垣→DSC05579.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/26.246716/127.732061/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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コメント 3

イラブ

こんにちは、近年エライ事になっているようですね(笑)
個人的には 「ここまでやるんか~ 復元と言うより沖縄戦遺跡の破壊じゃないんか~?」と感じるのですが。
ここはシュガー・ローフと共に最も日本軍の組織的抵抗が激しかった陣地ですね、この時期までは日本軍も統率・規律が保たれていた様で、多数の民間人が犠牲になった話は自分は聞いたこと無いのですが・・・
子供の頃は日本軍の亡霊が出るとの噂があり自分らクスワラバーター(くそがき)はオバケ退治だと言い爆竹等を装備し攻城していました(汗)
by イラブ (2014-01-11 12:32) 

イラブ

こんにちは、軍の住民退去命令に従わず日本軍と行動を共にし亡くなられた方がかなりいたようだ との話を聞いた事を思い出しました、体験者はあまり語らないのですよね~
by イラブ (2014-01-12 18:11) 

アテンザ23Z

>イラブさん
こんばんは。確かに復元整備も良し悪しですね。でも戦争で破壊されたものを元に戻したいという気持ちは誰でも同じ思いだと思うので、よくわかります。(広島城なんか、天守が原爆の爆風で倒壊ですから)
沖縄のグスクは、単純な城歩きでは済まない、複雑な気持ちになります。
by アテンザ23Z (2014-01-13 21:35) 

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