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石上城(静岡県島田市) [古城めぐり(静岡)]

DSC00587.JPG←主郭背後の堀切
 石上城は、南北朝時代に駿河南朝方の最後の拠点となった徳山城の支城である。代々この地の領主であった石上氏が城主であった。1353年、在地土豪の鴇(土岐)氏は本城の徳山城を中心として駿河山間部に立て籠もった。将軍足利尊氏の命を受けて今川範氏はこれを討伐し、援将伊達景宗は先鋒として発向し、まず出陣の翌日の2月11日、早くも萩多和城を落とし、尾根伝いに洗沢に抜け、13日には護応土城を攻め落とし、徳山城に迫ったと伝えられている。この戦いの中で石上城も今川氏の攻撃を受けて落城し、以後は今川氏に属した。1568年に武田信玄が駿河に侵攻し、今川氏を逐って駿河を併呑すると、石上氏も武田氏に降った。1575年の二俣城の戦いでは、石上城主石上兎角之助が討死し、その後石上城は廃城になったと考えられている。

 石上城は、笹間川の支流の沢筋に挟まれた、標高340m、比高70mの山上に築かれた山城である。かなり小規模な山城で、狭小な主郭とニノ郭、そしてその西側を巡る腰曲輪から成る単純な山城である。ニノ郭前面と主郭背後には堀切が穿たれ、腰曲輪には竪堀も穿たれて動線を遮断している。更に主郭から北に伸びた尾根筋の先にも堀切があって、城域が終わっている。この他、山の南西麓の台地上の、現在穂積神社が置かれている場所は、やや広めの平坦地となり、居館跡とされている。武田氏の関係が考えられる城であるが、その割にはやや見所に欠ける、古風な城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.011522/138.149202/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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