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松葉城(静岡県掛川市) [古城めぐり(静岡)]

DSC09634.JPG←南出曲輪群
 松葉城は、今川氏親の家臣河合成信の居城である。1496年、河合成信は松葉城を反今川派の勝間田城主勝間田播磨守、横岡城主鶴見因幡守に攻め落とされ、成信夫妻は松原城に逃れて、長松院の淵に身を投じたと伝えられている。

 松葉城は、粟ヶ岳から伸びる西の支尾根が倉真川に臨む先端部に築かれた山城である。遺構はほぼ完存しており、ほぼ日本城郭大系の縄張図の通りだが更に段曲輪や堀切があり、かなりの遺構が確認できる。城域は3つの部分に分かれ、県道81号線の北側の先端部にある北物見曲輪と、山頂部の本城と、その南の東西に伸びる尾根上に築かれた南出曲輪群から構成されている。北物見曲輪は現在墓地などに改変されているが、先端の櫓台との間の堀切がしっかりと残っている。一方、県道の登り口から本城に登って行くと、途中に1本の小堀切がある他、本城の北東尾根に2本の堀切と段曲輪が築かれており、この段曲輪ともう一つの段曲輪を経由して城道は本城ニノ郭へと繋がっている。本城は山頂の狭小な主郭と、その南西側に連なる二ノ郭等の数段の段曲輪から構成されている。これらの曲輪は段差の切岸だけで区画され、その先端部から西に派生する尾根には、更に小堀切とその先に物見番所とされる櫓台が築かれている。本城のニノ郭から南東尾根に向かって搦手道が伸びており、段曲輪を経由して尾根鞍部を過ぎ、その上の南出曲輪群に至る。ちなみにこの尾根鞍部は、日本城郭大系では堀切とされるが、ほとんど自然地形に近い。南出曲輪群は、やはり狭小な主郭とその西に連なる数段の段曲輪群で構成されている。東の尾根暗部には大堀切があるが、鋭さはないものの深さ・幅とも大きく見応えがある。その更に東に出丸と小堀切があって城域が終わっている。基本的に小規模な遺構群ではあるが、城域はかなり広い。参考にした他の城郭サイトでは明確な遺構なしと言うものもあったが、誤解の様である。
本城の南西端の段曲輪→DSC09597.JPG
DSC09653.JPG←南出曲輪群の大堀切
 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/34.839414/138.050970/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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