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亀山古城(三重県亀山市) [古城めぐり(三重)]

DSC05507.JPG←城跡とされる小丘
 亀山古城は、伊勢平氏関氏の歴代の居城で、伊勢亀山城の前身となった城である。関氏は、平重盛(清盛の嫡男)の子資盛が鈴鹿郡久我に流され、その孫の実忠が1204年の三日平氏の乱討伐で功を挙げ、関谷24郷の地頭職に補せられ、関に居館を築いて関氏を称したことに始まる。以後、関実忠は執権北条氏の重臣となり、1264年に久我から亀山に移って、若山の地に城を築いたとされる。これが亀山古城である。以後、関氏歴代の居城となった。南北朝時代には、関盛政は南朝方に付き、伊勢国司となった北畠氏に従った。時代は下って戦国時代後期の1573年、伊勢を制圧した織田信長によって関盛信が追放され、亀山古城は神戸(織田)信孝に与えられた。1583年、信長の後継者となった羽柴秀吉が亀山古城を攻めた際、城将佐治新介がよく防戦したものの、加藤清正・山内一豊・細川忠興らの猛攻によりついに落城し、関盛信の子一政が城主となった。その後、関一政が陸奥白河に移封となると、秀吉の家臣岡本宗憲が新たに東南の値に亀山城(新城)を築き、以後亀山古城は廃城となったと思われる。

 亀山古城は、亀山城の北西にあったと言われるが、正確な位置は特定されておらず城域も不明である。現在石碑や解説板が建っているのは、民家に囲まれた独立小丘で、この目で確認したわけではないが、特に遺構はないらしい。この小丘は、近世には古城として認識されていたというが、果たしてどうなのであろうか?また小丘西側の宅地は、居館跡であろうか?謎の多い城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/34.858116/136.447481/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世平山城
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