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堀越城(青森県弘前市) [古城めぐり(青森)]

DSC07860.JPG←門跡の見つかった本丸東側
 堀越城は、近世大名津軽氏の弘前城以前の居城である。元々は1336年に曾我太郎貞光が、南朝方と戦う為に築城した。その後貞光は、元中年間(1380~92年)に根城南部氏か三戸南部氏に滅ぼされた。時代は下って戦国時代に入ると、南部氏の庶流大浦氏の支城となった。1571年、大浦城主大浦(津軽)為信は南部氏に代わって津軽統一を果たす為に挙兵し、堀越城を拠点として18年の歳月を掛けて津軽統一を果たした。豊臣秀吉から南部氏から独立した大名と認められ、所領を安堵された為信は、1594年に堀越城を改修して居城を移した。その後、弘前城が新たに築城されて、1611年に居城を弘前城に移し、その後の元和の一国一城令で廃城となった。
 堀越城は、平川の支流前川の北岸の平地に築かれた平城である。二ノ丸跡を国道7号線が貫通しているが、遺構は良く残っている。熊野神社が置かれている主郭は、周囲を土塁で囲繞し、更にその周りに水堀を巡らしている。その外側が二ノ丸で、ここにも土塁や外堀跡が残っている。北側の外堀に面しては、船着場のような遺構も確認できる。二ノ丸の更に外側には三ノ丸があり、二ノ丸と三ノ丸との間の広い堀には面して、櫓台らしい土盛もある。この他、国道を挟んで東側にも、折れのある土塁が確認できる。訪城した4月末には本丸内東側では発掘調査がされており、後日その付近で大規模な門跡が発掘されたとの報道があった。外郭まで残る数少ない中世の平城で、貴重な遺構である。
二ノ丸の外堀→DSC07869.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/40.572639/140.521499/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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